イザナギの冥界下りは、火の神を生んだことによって黄泉の国に行ってしまった妻イザナミを追って、イザナギが追って行く神話です。

イザナギの冥界下りが載るのは『古事記』と『日本書紀」です。『古事記』も『日本書紀』もすべて漢字で書かれています。しかし、『日本書紀』が当時の中国人が読める古代の中国語(漢文)で書かれているのに対して、『古事記』は日本語を漢字で表した万葉仮名と呼ばれるもので書かれてい

ます。

たとえば「ただよへる」は「多陀用幣流」のようにです。今の「夜露死書(よろしく)」のようなものです。ですから中国の人が読んでも意味がわかりません。

そういう意味では『古事記』の方が当時の日本の言葉に近いといえます。

といことで、ここでは『古事記』所載のもので紹介します。

 

①イザナミ、神避(かむさ)る

日本神話で最初に現れる神々は、天之御中主神をはじめ「性」のない神々だった。やがて男女の性を持つ対偶神が現れ、その最後に現れたのが本神話の主人公であるイザナギ神(男)とイザナミ神(女)だ。

二柱の神は「をのごろ島」を作り、そこに降り立ち、天の御柱を巡る聖婚の儀をする。

しかし、最初に女神イザナミが声をかけたことにより、ヒルコ(水蛭子)が生まれる。ヒルコは葦船に乗せて流されてしまう。ヒルコがどのような神で、なぜ流されたのかは諸説ある。

聖婚をし直したふたりは、本州をはじめ日本を形成するさまざまな島々を生む。

そして、多くの神々を生むが、最後に生んだ火の神にイザナミリホト(性器)が焼かれ、彼女は病み、ついには神避ってしまう。

 

②イザナギ、黄泉に行く夫であるイザナギは、妻を追って黄泉に行く。

イザナギは妻に「まだ国を作り終えていないから帰ろう」と言うが、イザナミは「黄泉の国の食べ物を食べてしまいました(黄泉つ戸喫 くへ

ぐひ>しつ)」と言う。

が、せっかく来てくれたから黄泉の神に相談しようと言って中に入ろうとするのですが、このときに「私を見ないでください」と言う。

 

③変わり果てたイザナミの姿を見る

妻がなかなか出てこないので、イザナギは待ちかねて(待ち難ねたまふ)、左のくみずら>に挿した櫛の歯を一本取り、それに火を灯して見た。

すると、そこにはイザナミが横たわっていた。その体にはウジ虫がたかり、ころろ、ころろと音を立てているし、体中には八体のイカヅチも(雷神)湧き出ていた。

イザナギは逃げる。妻イザナミは「私に恥ずかしい思いをさせたな(吾に辱見せつ)」と言う。

 

④黄泉醜女と雷神に追わせ

黄泉醜女と雷神に追わせる。イザナミは、黄泉醜女くよもつしこめ>にイザナギを追わせる。

逃げるイザナギは黒鬘という髪飾りを投げると、そこからそこから山ぶどうの実が成った。黄泉醜女が立ち止まって山ぶどうを食べる間にイザナギは逃げる。が、また追って来る。今度はを投げる。するとたけのこが生えたのでイザナギは逃げる。

イザナミは、八柱の雷神くイカヅチ>に千五百の黄泉の軍隊を付けて追わせる。イザナギは剣を後ろ手に振りながら逃げ、黄泉比良坂くよもつひらさか> の坂本までやって来た。そこあった桃を三つ投げると、みな逃げ帰ってしまった。

 

⑤言戸を渡す

最後に妻イザナミが追って来た。夫イザナギは一部の大石をふたりの間に置いた。

言戸を渡して妻イザナミは言う、「愛しい我が夫よ。このようなことをするならば、私はあなたの国の人草を一日に千人、絞り(くび)殺そう」と。

夫は言う、「愛しい我が妻よ。ならば私は一日に千五百の産屋を立てよう」と。

これによって、一日に千人死に、一日に千五百人生まれるようになった。