宝塚歌劇『応天の門』に引用される古典

宝塚歌劇『応天の門』で引用される漢詩や和歌を紹介します。これはTwitterに投稿したものを、ちょっと編集したものです。現代語訳は安田がしています。が、適当です。厳密ではありません。すみません。

※画像はパブリック・ドメインです

【菅原道真】月城かなと

まずは主役、菅原道真の漢詩から。

「月夜見梅花」

これは歌劇の中で最後に道真が歌う歌の元の詩です。これを作ったときの道真はなんと11歳です。

《現代語訳》

輝く月は晴れた空の雪のよう梅の花は空に輝く星のよう

思わず「ああ」と声が出る

金の鏡(月)が空を飛び

庭には玉のように美しい花房の香が満ちる

《書き下し文》

月の耀(かがや)くは晴れたる雪の如し

梅花は照れる星に似たり

憐れむべし金鏡の轉(かひろ)きて

庭上に玉房の馨(かお)れることを

《原文》

月耀如晴雪

梅花似照星

可憐金鏡轉

庭上玉房馨

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宝塚歌劇の中で月城かなとが歌う「月夜見梅花」も紹介しておきましょう。

「月夜見梅花」月城かなと 作詞:田渕大輔

ふと匂い立つ梅の香が そっと私に語り掛ける

長く厳しい冬の夜も やがては明けて春が来ると

 

ふと仰ぎ見る月影が 夜に彷徨う私を照らす

足音も無く忍び寄る 悪しき心を射貫くように

 

優しく 強く ずっと寄り添っていたい

信じるものが何も無いと 明日を憂う誰かの心に

 

正しく 清く いつか世界照らしたい

己の心に恥じぬよう 今日を生きる誰かのために

 

鏡のように真(まこと)を映す あの冴え渡る月のように

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「春日行幸神泉苑」

宝塚では神泉苑魂鎮めの祭が行われます。神泉苑には龍神(善女龍王)が住むと言われ、雨乞いの祭りが行われていました。神泉苑を歌った道真の詩はいくつかありますが、そのひとつ、「春日行幸神泉苑」の一部を紹介します。

《現代語訳》

神泉苑に行幸された帝は春に乗じて耳当てをあげる

(ネクタイを外す)

爛漫たる百花の中に楽の音が美しく響く

幽かな足跡は桃花源の世界から幻の人が迷い込んだかのよう

雅びな楽の音は龍宮の仙人の耳をも驚かす

北の異民族、羌戎は

その情(おも)いを一本の笛で述べ

南の異民族、楚人は

その思いを七弦の琴で伝える

古曲「落梅」を吹けば

笛の音は唇から雪となって漂い

新曲「折柳」を弾けば

琴の音は指から煙となって立ち上る

 

《書き下し文》

玄覽 春に乘じて黈纊(とうこう)褰(かか)ぐ

五音 共に理(ととの)ふ百花の前

幽蹤 桃源の客に遇へらむが似し

雅調 將に水府の仙を驚かさむとす

羌戎の情は孤竹に因りて奏す

楚人の思ひは七絲に附して傅ふ

落梅 曲舊りて脣 雪を吹く

折柳 聲新たにして手 煙を掬る

 

《原文》

玄覽乘春黈纊褰

五音共理百花前

幽蹤似遇桃源客

雅調將驚水府仙

羌戎情因孤竹奏

楚人思附七絲傅

落梅曲舊脣吹雪

折柳聲新手掬煙

 

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【在原業平】鳳月杏

宝塚歌劇『#応天の門』。もうひとりの主役は在原業平。『応天の門』には藤原高子(天紫珠李)も出るので、何といっても『伊勢物語』所収の和歌をふたつ紹介します。この和歌は宝塚でも歌われます。

《白玉か》

最初は「芥川」の段。

業平は高子と駆け落ちをします。暗闇の道を行くふたり。草の上の露を見て、高子が「あれは何?」と問う。

雷も鳴り、雨も激しく降って来たので、業平は何も答えず、高子をあばら家の奥に入れ、弓矢を持って外に立つ。しかし、その間に女は鬼に喰われてしまった、というお話しです。

しかし、本当は高子の兄である基経(風間柚乃)国経(彩音星凪)が取り返し、連れ戻したのでした。

 白玉か何ぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを

(訳)「あの光るもの、あれは白玉?」と彼女が尋ねたとき、「あれは露だよ」と答えて、ともに消えてしまえばよかったものを

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《月やあらぬ》

もうひとつの歌。

業平は高子のところに忍んで通っていましたが、ある日、彼女は手の届かない所に行ってしまいました。翌年の春正月、梅の花ざかりに去年のことを恋いて彼女のいた所に行ってみた。立って見、座って見はするけれども、去年の梅とはまったく違う。業平は「わーっ!」と大声に出して泣き、月が西に傾くまで板の間に臥せっていた。そして歌を詠む。

 

月やあらぬ

春や昔の春ならぬ

わが身一つはもとの身にして

 

月よ!どこにいるのだ?

春よ!お前は去年の春ではないのか?

私の身ひとつは元の身のままなのに

(かなり意訳しました:笑)

 

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【昭姫】海乃美月

『応天の門』の娘役トップ、海乃美月の役は昭姫唐からやって来た不思議な女性。「昭姫」というのは本名ではない。三国時代の魏の詩人の名を自分に付けている。宝塚の中でも昭姫の詩「天災い国乱れて人に主無く」を道真が呟く。

本当の魏の昭姫は、北方の異民族、匈奴に拉致され、子まで成す

異国にいた時に歌った詩の一節が道真が呟いたもの。「胡笳十八拍」といって篳篥(ひちりき)のような管楽器とともに歌われる詩で十八の節がある、その第四節。

(現代語訳)

日に夜に故郷を思わない時はない

冬の寒さは辛いけれども冬にはまだ春がある

私の苦悩は永遠に続く

天が災い、国が乱れて人は主を失ってしまった

薄幸の私は匈奴に拉致され虜囚としてここにいる

この地の習俗は故郷のそれとは違い生きづらい

趣味・嗜好も違うので話が合う人もいない

心の中を逍遥すれども心の中にすら障壁が多い

第四節の詩ができ、心はますます凄愴となる

※彼女はやがて帰国することができるのですが、匈奴との間の子どもは彼の地に置いていなかければならなくなり、彼女は拉致より辛いと嘆きます。何度も悲しい目に遭った女性です。

物語の中の昭姫にもそのような悲しい過去があるのかもと海乃さんのお顔を見て想像します。驚くべき才女でもあります。

(書き下し文)
日に無く夜々に無し我が郷土を思はざるを
稟氣(りんき)生を含みて我が最苦に過ぐる莫(な)し
天災ひ国乱れ亂れて人に主無く
唯だ我が命(めい)薄くして戎虜(じゅうりょりょ)に沒す
殊俗心異りて身処し難く
嗜慾同じからずして誰と与(とも)にか語るべき
尋思(じんし)渉歴(しょうれき)して艱阻(かんそ)多く
四拍成りて益ゝ(ますます)悽楚(せいそ)たり

(原文)
無日無夜兮不思我鄕土
稟氣含生兮莫過我最苦
天災國亂兮人無主
唯我薄命兮沒戎虜
殊俗心異兮身難處
嗜慾不同兮誰可與語
尋思渉歴兮多艱阻
四拍成兮益悽楚

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【吉祥丸】瑠皇り

《人知らずして》

早逝した道真の兄、吉祥丸と道真が読むのは『論語』の巻頭の章句。

「学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。…人知らずして慍(うら)みず。亦た君子ならずや」

特に後半の「人知らずして慍(うら)みず。亦た君子ならずや」が何度も歌われますね。

(訳)人から理解されなくても思い煩うことをしない。それが君子だ。

※「慍」は心の中で悶々とすること。

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《笑って答えず》

若き基経、手古(白河りり)に問われて吉祥丸が答える詩は李白の「山中問答」です。

「余に問う何の意ぞ 碧山に栖むと

 笑って答えず 心自ずから閑なり」

(訳)

人が私にたずねる なぜ人里離れた緑の山にこもっているのかと

私は笑って答えない 心は自らのどかなのだ

 

続きは後日と言ったけれども吉祥丸は狂犬病で死んで実現されなかった。で、続き。

 

「桃花流水 杳然として去り

 別に天地の 人間に非ざる有り」

(訳)

桃の花びらを浮かべた流水はどこか遠くへ流れ去る

ここは俗世とは違う別天地

吉祥丸は本当は出世なんかよりも、李白の詩のように自然の中で暮らしたかった。そして、若い藤原基経も心の中ではそれを望んでいた。しかし、彼がその心に蓋をしたのは、彼の「才」によります。「才なんかない方がいい」。自分の「天命」を隠して辛い現実を生きる基経は現代人の象徴のようです。

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【紀長谷雄】彩海せら

道真の友人、紀長谷雄は後年、かなり偉くなります(笑)。そして彼を扱ったものには『長谷雄草紙』という絵巻物があります。

長谷雄が内裏に向かっていた夕方、一人の男が声をかける。「ヒマなんで双六をしたいけどどう?もし俺が負けたらびっくりするくらいいい女をあなたに上げるよ」という。長谷雄は「じゃあ、私は持っている宝をすべて賭けよう」と

で、紀長谷雄が勝った。

男は言葉通り、光り輝く、とてつもなくいい女を連れて来る。そして言う。

「今夜から百日経ってからじゃないとエッチはしちゃダメだよ。百日以内にしようとしたら…」

が、長谷雄は我慢できずにしようとした。そしたら女は水となって流れて消えてしまった。

実は男は朱雀門の鬼で、女は死人たちのいいところだけを集めて作ったもの。百日経つと魂も入って人間になったのに残念ながら約束を破ったので消えちゃった…という絵巻です。

永青文庫@eiseibunko蔵です。なんと今秋(2023年)に公開の予定だそうです。

https://eiseibunko.com/collection/chusei.html

永青文庫

宝塚歌劇『応天の門』

https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/outennomon/index.html