「100分de名著」、『平家物語』の放送をご覧いただき、ありがとうございました。今回は「100分de名著」が『平家物語』に決まるまでのお話しをしたいと思います。

●もうテレビには出ないと決めていた

あ、その前に…。

ずいぶん長い間、テレビにはもう出ないと決めていました。

10数年前は、主に「ロルフィング」や、「能と身体技法」の関連で民放にもNHKにも出ていました。

ロルフィングというのはボディワークのひとつです。不正確ならがもざっくりいえば、アメリカ生まれの整体のようなものです。あの頃は、ロルフィングはまだ認知度が低く(いまも決して高くないけど)、それを広めるために出ていたのです。

その関係で、知遇を得て、いまもお付き合いのある方もたくさんいるので、当時のテレビ出演はよいこともたくさんありました。

しかし、ある民放の番組で、アタマに来ることがあり、それ以降、テレビ出演をやめたのです。

そのテレビ番組は「すり足によって深層筋を活性化する」ということでの出演依頼がありました。しかし、やっているうちに話がだんだん変わって来たのです。最初の「活性化」が「鍛える」になり、さらには「すり足が老人を健康にする」とか、さらには「すり足は寝たきり予防になる」となっていったのです。

そんな、断定したようなことは言えない!」と言ったのですが、「視聴者は、このくらいでないとわからない」と、まるで視聴者をバカにしたような物言い。それにカチンと来て反論したのですが、相手は改める気配はない…どころか、いかに視聴者は理解力がないかを延々と語ります。

頭にきて「もうスタジオには行かん!」と、すでに撮ってあったVTRだけにしてもらい、スタジオ収録を断りました。

それからは、テレビのオファーが来ても、基本的には断る!というつもりでいました。

●恩人、若松英輔さん

なのになぜ「100分de名著」には出ることになったのかというと、若松英輔さんのお話を聞いたからなのです。

若松英輔さんは、この番組はとても丁寧な作り方をするので、すべてのテレビ番組を一緒にしない方がいいと教えてくださったのです。

若松英輔さんは「100分de名著」に何度も出ていらっしゃいます。そんな若松さんがおっしゃるならば本当だろうと思いました。

また、釈徹宗先生からも、「100分de名著」の作り方の丁寧さはお聞きしました。

●秋満さんからのメールが

そんなときに「100分de名著」のプロデューサーである秋満吉彦さんからメールが来ました。若松さんからお話しを聞いたのが先だったか、あるいは秋満さんからのメールが先だったか忘れましたが、ほぼ同時期だったと思います。

これが確か去年の秋の話。そして、放送がいまですから、本当に丁寧が作り方をします

そして秋満さんにお会いしたのですが、確かに若松英輔さんがおっしゃるように、本に対して、とても真摯な態度で向かっていらっしゃる方でした。

そうそう。秋満さんは最近、『行く先はいつも名著が教えてくれる 』というご著書を出されした。「100分de名著」で取り上げた名著をめぐって、秋満さんの本との出会い、そして考え方が書かれているご著書です。

秋満さんと対談したときの記事もこちらに出ています。

「名著」は読む者の人生を問い、行く先を示す
――『行く先はいつも名著が教えてくれる』刊行記念スペシャル対談

また、秋満さんがインタビューを受けた記事が出ています。

“「100分de名著」は1人で選定 NHKプロデューサーが語る苦労とやりがい

ただ、この記事は秋満さんに功が集中しているようで、ツイッターでその点をフォローされています。

********以下、秋満さんのツイート********

安田登さんがリツイートしてくれてます。テーマを見つける際に講師の貢献が大きいことやディレクターの鋭い演出に発見を多々させられる話もしっかりしたのですがその辺はカット。短い記事なので仕方がないのですがチームワークでできてることにも触れて欲しかったな。記者の方のご努力に感謝しつつも。

(承前)具体的にいうと「エチカ」は下巻から読むといいというアイデアは國分功一郎さんのアイデアだし「風と共に去りぬ」のテーマは鴻巣友季子さんなくしてはありえなかったのです。この記事のはしょり方だとその辺がわからないですよね。取材受ける側ももっと気をつけないとなあ。。先生方すみません

担当してくださった記者の方のために追記しておくと、指摘した点以外は、冗長な私の話を実に巧みに、簡潔にまとめてくださっているところは本当に感謝しています。自分の語り方についてもきちんと点検してみようと思います。

********以上、秋満さんのツイート********

…と、まじめな秋満さんです。

●もうやられていた

さて、秋満さんとお会いして俄然やる気になったのですが、問題は僕が出版している(あるいはしようとしている)古典は、すでに番組で取り上げられたものばかりだったことです。

能、論語、おくのほそ道、古事記、万葉集

すべて放送されていたのです。

そして、「100分de名著」では、一度取り上げたものはダメなんだそうです。

さて、なら何にしようかと考えて、最初に「これはどうですか」と提示したのが『中庸』でした。

●中庸はいかが

『中庸』は、『論語』などと並んで四書のひとつに数えられています。

高校時代に「四書五経」という言葉は習いますが、『論語』以外はあまり知られていませんね。『論語』以外では、まず『孟子』、これは五十歩百歩で有名かな。もうひとつは『大学』。これは薪を背負った二宮金次郎さんが読んでいる本です。

しかし、『中庸』は読んだ人があまりいない。「中庸」という言葉は知っているけれども、それが書名だとは知らないという人も少なくない。「全然、イメージが湧かない」という人も多い。

ところが、『中庸』、本当に面白いのです。

その面白さについては、今度詳しく書きますが、この本は前半と後半に分けることができ、前半は「中庸」について、後半は「誠」について書いています。

で、その「誠」の話が特に面白い。

●誠は神に近い

「誠」といっても、僕たちがイメージする「まこと」と『中庸』の「誠」とは少し違います。

『武士道』を書いた新渡戸稲造はこのように書いています。

「孔子は、「中庸」に於いて誠を尊び、これに超自然力を賦与し、ほとんど神と同視した」と。そして、「彼(孔子)は更に、誠の濃厚にして悠久たる性質を熟考し、その力が、意識的に動かすことなく変化を生み出し無為にして目的を達成することにつき滔々と述べている」と続けます。

「誠」には神と同視されるほどの超自然力があり、それは動かすことなく変化を生み出し、無為にして目的を達成する力があるというのです。

変化を生み出す力、それが「誠」のもつ第一の超自然力だからこそ、幕末の新撰組は「至誠」を旗印にしました。「至誠」、すなわち誠を極めれば、天下国家は変わると信じていましたし、吉田松陰は「変化しないのは自分の誠が足りないからだ」と自省しました。

僕たちは、人を変えようと思ったら相手を説得したり、命令したりしますし、社会を変えようと思ったらデモなどの行動を起こしたりします。しかし『中庸』では変化を起こそうとするならば「誠を極めよ」というのです。

●誠:新選組と二宮尊徳

ですから時代が変わろうとするとき「誠」はとても大事になります。

幕末地代、この「誠」を旗印として使った人が何人もいたのですが、特に注目したいのが新選組二宮尊徳。こんなことを書くと新選組ファンからは叱られそうですが、「誠」をうまく使えず失敗したのが新選組。そして、大成功したのが二宮尊徳です。

新選組の中に、「誠」について真剣に考える誰かがいたら、たぶん違ったんだろうなぁといつも思います。

おお、でもこれは書いていくと長くなっちゃうな。これもまた~。

…という風に、なかなか興味深い『中庸』だったのですが、やはりあまりにマイナーなので(そして漢文だし)、今回は見送られ、じゃあ、何にしようかとまた振出しに戻ったのです。

…と続きは次回に。

100分de名著:5月『平家物語』(1)おしらせ

100分de名著:5月『平家物語』(2)朗読の収録

100分de名著:5月『平家物語』(3)忖度ではなく「憶度(おくたく)」

・100分de名著:5月『平家物語』(4)『平家物語』に決まるまで<1>