今回はツイッター(@eutonie)で書いたことを、加筆したものをお送りします。「殿下の乗合」の話からはじめます。
●殿下の乗合の報復の主は誰か
「100分de名著」、『平家物語』は、全12巻+灌頂之巻という膨大な物語の中から一部を選んでの放送なので省略するところも非常に多く、それを云々していたら、もう大変なことになります。
1回目の放送の省略部分で気になったところは「殿下の乗合」の報復は誰の命令だったかということではないでしょうか。
番組でもお話ししましたが、『平家物語』では「悪い清盛」「いい重盛」という風に、登場人物をキャラ化しています。ですから「殿下の乗合」の報復も平清盛の命令ということになっています。
しかし、歴史ファンの間では、あれは重盛自身がやらせたんだというのが「通説」になっているようです。
ただ、その根拠は薄いというのが『物語がつくった驕れる平家(日記で読む日本史12)』の曽我良成氏です。
重盛説の根拠となるのは九条兼実の日記『玉葉』だとされていますが、それには重盛が命令してやらせたということは明記されていません。
もうひとつは慈円の『愚管抄』。こちらには、もうちょっとそれらしい記述があるけれども、これは事件から約50年後の記述。しかも、慈円は事件当時15歳。これもそのまま鵜呑みにはできない。
●わからない、ということで…
また、曽我良成氏は、『玉葉』の刊行されている本自体にも問題があるといいます。
多くの人が読んでいる『玉葉』は「国書刊行会」本。それに対して「九条家」本では、その部分の記述が違うというのです。
この両者がどう違うかに関しては、ここで詳述していると大変なので、興味のある方はぜひ上記の本をお読みいただくことにして、そんなわけで番組でも…
どっちがやらせたのかわからない
…というスタンスでお話ししました。
●原本にあたる
でも、確かにそういわれて見ると、僕が持っているのも、すみや書房版ですので「国書刊行会」本です。
もと(影印)に当たるということはしていませんでした。
たとえば、出典として甲骨文を出すときには『甲骨文合集』などを参照します(あ、隣に『赤の書(レッドブック)』があった:笑)。活字化したものを読んで、それでよしとはしませんね。
●「わからない」というスタンス
しかし、僕たちのような非・研究者は、すべてに古典に対して、なかなかそこまではできません。
そこで、いくつかの説がある場合は、それらを参照しつつも「わからない」という立場が取るのがいいと思っています。だってちゃんと研究しているわけではないのですから。
自説同士で喧々諤々と議論をするのは研究者に任せるべきです。
ちなみに甲骨文字の場合は、文字の意味も人によって言っていることがだいぶ違うので、辞書を信じるのではなく、『甲骨文字字釈綜覧(松丸道雄)』のような多くの学者の説を載せているものを見て、自分で甲骨文を読むのが基本です。
そんなわけで、これからも番組では省略するところがいっぱいあります。
申し訳ございません。
※『平家物語』ではありませんが、『おくのほそ道』も一般に読まれている素龍本と芭蕉自筆本とでは内容に違いがありますし、芭蕉自筆本の場合は上から貼られた部分があり、その下の部分も見ておく必要があります。いわゆる翻刻だけで云々しちゃあいけないですね。
・100分de名著:5月『平家物語』(3)忖度ではなく「憶度(おくたく)」
・100分de名著:5月『平家物語』(4)『平家物語』に決まるまで<1>
・100分de名著:5月『平家物語』(5)『平家物語』に決まるまで<2>
・100分de名著:5月『平家物語』(6)殿下の乗合と重盛