『一石仙人(多田富雄作)」
今日(2019.05.13)は「100分de名著」、『平家物語』の第二回目の放送があります。前にも書きましたが、僕は自分が出ている番組は恥ずかしくて見ることができないので、今日も見られないだろうなぁ…。
さて、以前にも朗読の収録について書きましたが、今回も朗読についてのお話です。
●いくつのバージョンを朗読
「100分de名著」の収録では、朗読はいくつかのパターンを録りました。
たとえば冒頭の「祇園精舎の鐘の声」の部分。今回、放送で使われたのは、能の謡(うたい)の節がついている「謡」バージョンでした。
●詞バージョン
そのほかに、やはり能の謡なのですが、節がついていない「詞(コトバ)」バージョンも録音しました。その時のデータは手元にないのでiPhoneで録ったのを貼り付けます(以下、音が出るので注意)。
●「メリハリ読み」バージョン
もうひとつは「メリハリ読み」バージョン。これは能の詞の手法を使い、しかし発声は能のものを使わず読んでものです(といってもかなり能っぽいですが:笑)。これもデータがないのでiPhoneで録って貼り付けます。
●メリハリ読み
「メリハリ読み」というのは、日本語の朗読方法のひとつです…というと、それっぽいですが、僕が勝手に言っていることなので、あまり信じないように(笑)。
日本語の文(文章)は、前半にメリ(弱い部分)があり、後半にハリ(強い部分)があるものが多いように感じます。
ちょっと余談からね。
全国の小学校で能の授業をしています(講演ではなく、ひとクラスずつの授業です)。それこそ、南は奄美大島(このごろ行ってないなぁ。呼んで下さ~い)から、北は北海道までお邪魔します。すると不思議なことに気づきます。
『桃太郎』の語り出しが全国どこに行っても同じなのです。
これは『桃太郎』以外にはありません。『浦島太郎』も違うし、『一寸法師』も違う。でも、『桃太郎』だけは共通です。こんな具合に。
「むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました」
さらに、低学年になると、これに節が付きます。その節を「強弱」で示しますね(濃い字が強い)。
「むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました」
そう。「お爺さん」は弱いのに、「お婆さん」及び「お婆さん」パート(洗濯)は強く読まれるのです。
確かに考えてみると、この物語においてお爺さんの役はないに等しい。大事なのはお婆さんであり、だからこそお婆さんは「あとに」読まれるのです。
●後半が大事な日本語
ちょっと面倒な話をするとね…
たとえば恋人と「明日、海に行こう!」なんて話をしていて、でも、明日、雨だったらどうしようなんて思うわけ。で、これを恋人に伝えるときに英語だったら…
「If it rains …」とか「When it rains …」などのように、最初に「If」とか「When」とかを付けて、「これはメインに言いたいことではありませんよ(従属節ですよ)」ということを最初に明確にしなければならない。
ところが日本語の場合は…
「明日、雨」とここまでは、これが従属節なのかどうかわからない。
そして、ここまで言ったところで恋人の顔が曇ったりしたら、「明日、雨…なんか降るわけないよね」と途中でぐわっと方向転換をすることができる。
すなわち、後半をいじることで文全体の意味すら変えてしまうことができる。それが日本語であり、だからこそ大事なことは後半に置くことが多いのです。
●後半2字目を強く
これは一文(一句)の中でも同じで、大事なことは後半に置かれることが多い。そこで、能の語りでは一句の中では後半が強く読まれることがほとんどなのです。
たとえば「これは諸国一見の僧にて候(そうろう)=私は諸国を漂泊する僧侶です」という句があります。これは…
「これは諸国一見の(上の句)
僧にて候(下の句)」
…に、分けることができます。
能の謡(正確には「詞」)では、まず一句をこのように上の句と下の句に分けます。そして、下の句の二字目、これでいうと「僧」の「う」の字を強く謡うのです(当てるといいます)。こんな風にです。
これはしょこくいっけんの そう(お)にてそうろ。
●中島敦を読んでみる
このように前半を弱く、後半を強く読む読み方で朗読をすると、なんでもそれっぽく聞こえます。たとえば高校の教科書によく載る『山月記(中島敦)』がありますが、これも「メリハリ読み」で読んでみますね。強く読むところは「濃い字」で書いておきます(時々わかりにくいところもあります)。
隴西(ろうせい)の李徴は 博学(はくがく)才穎、
天宝の末年、若くして名を 虎榜(こぼう)に連ね、
ついで 江南尉(こうなんい)に補せられたが、
性、 狷介(けんかい)、
自みずから恃むところ 頗(すこぶ)る厚く、
賤吏に甘んずるを 潔(いさぎよ)しとしなかった
※隴西は全集などでは「ろうさい」と仮名を振っていますが、教科書では「ろうせい」が多いのでそう読んでいます。
●夏目漱石の朗読
中島敦は「メリハリ読み」にぴったりなのですが、夏目漱石なども向いています。前にも紹介しましたが、まずは『吾輩は猫である』を猫のぬいぐるみを使って上演したものです(前回はモノクロ版を紹介しましたが、今回は古色版を紹介します。なお人形を使わないバージョンもあります)。
もうひとつ。これは「TED」でお話したときに『夢十夜(第三夜)』をやったたときのものです(TEDxSeeds2010)。「TED」がなんだか全然わからないままに登壇しちゃった(笑)。もう9年前なんだ。
お知らせ
6月8日(土)に僕たちが主宰する「天籟(てんらい)能の会」という能の会があります(おかげさまで満席)。演目は能が『船弁慶(ふなべんけい)』です。源義経一行の乗る船をめがけて、平家の怨霊たちが襲いかかるというお話の能です。
その能の会に向けてワークショップをしています。これはどなたでも参加可能です。
今週15日(水)は、『船弁慶』の「舟」について保立道久先生(東大名誉教授:歴史学者)をお迎えしてお送りします。主催者である安田も奥津健太郎(狂言師)も参加して、みなさんと謡ったり、動いたりします。
詳しくはこちらをご覧ください。
・100分de名著:5月『平家物語』(3)忖度ではなく「憶度(おくたく)」
・100分de名著:5月『平家物語』(4)『平家物語』に決まるまで<1>
・100分de名著:5月『平家物語』(5)『平家物語』に決まるまで<2>
・100分de名著:5月『平家物語』(7)朗読あれこれ